careergoriraの日記

就活ブロガーです

(辛い時にオススメ)Mr.childrenの未来の紹介と歌詞の考察

お久しぶりです。ゴリラです。

4月も近くなってきて就職活動も本格化していきましたね。

そろそろ、就活がダルくなってきたんじゃないでしょうか?

 

そんなダルくなっている方に、僕の方でオススメの就活ソングを紹介&歌詞の考察をやっていきます。

 

オススメの就活ソング

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 歌詞の考察

名前もない路上で

ヒッチハイクしている

膝を抱えて待っている

ここは荒れ果てていて

人の気配はないし

誰もここを通らないや

 

何か凄い落ち込んでいそう(小並感)

歌詞の意味合いを見る限り、鬱または鬱寸前の心理状況の男がダレている風に見えるウホ

何で鬱だと思うの?

理由は2つウホ。

ヒッチハイクする気はあるのに、実際は何もしていない。
②心はかなり廃れている。

現代文とかでよくある手法だけど、景色はその人の心理状況を表している。

つまり荒れ果てて人気のない路上というは、荒廃して独りぼっちで落ち込んでいる心理状況を表しているウホ。

なる程。
心理的にカナリ荒れていて
・ヤル気はあるのに体は動かない
という状態から鬱状態だと予測したわけだ。

そういう事ウホ。

 

進入禁止だって

あらゆるもの拒絶して

追い払ったのは僕だから

誰も迎えに来ない

ちゃんと分かってるって

だけどもう少し待ってたい

 

かなり精神状態荒れてるね。

あらゆるもの拒絶しているからね。しょーがないね。

 

生きてる理由なんてない

だけど死にたくもない

こうして今日をやり過ごしている

生まれたての僕らの前にはただ

果てしない未来があって

それを信じてれば何も恐れずにいられた

そして今僕の目の前に横たわる

先の知れた未来を

信じたくなくて目を閉じて過ごしている

 

歌が爽やかだから誤解するけど、結構歌詞ヤバいね笑

「生きてる理由はない、死にたくもない」とか最高にネガティブウホ笑

でも不可解な歌詞があるね。

何で生まれたての”僕ら”なの?僕でよくない?

恐らく”僕ら”は自分の現在、未来の複数の自分を指しているモノだと思われるウホ。

???"僕ら"って何だよ(哲学)

ここは完全に主観だけど、 未来→理想像 現在→今の自分 だと考えているウホ。

何でそう考えたの、そのココロは?

理由は2つウホ。
①今いる路上には誰もいない自分しかない
②この時のシングルCD名が”四次元”であり、 歌詞の中に「未来が横たわっている」とあるから、 時空が複数存在する四次元空間を舞台にしている?

適当だね笑

最後まで、見ればそれなりにシックリ来るから許して笑

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女が運転する

車が止まって

「乗せてあげる」と言った

僕は感謝を告げて

車のドアを開いて

助手席に座ってまた礼を言う

 

誰もいない路上なのに、何で女がいるんや!(驚)

この女、恐らくもう"僕ら"ウホ。

「誰もいない路上」の話に矛盾するから、そこら辺から来てくれた女とは考えにくい。
そう考えると、この女は"僕ら"だろうね。

この女は、未来の自分(自分の理想像)のなの?

ゴリラとしては、その説が有力だと思っているウホ。

また聖書や古文なんかでは「女に溺れる」というフレーズは、
欲望に溺れて自堕落な暮らしをする事を意味しているウホ。

だから、"女"=”僕ら”=”自堕落な生活をおくる未来像”と考えているウホ。

とすると、鬱な”僕”は欲望に溺れて自堕落な暮らしをしているわけだ。
アル中やニート生活あたりが濃厚かな笑

そうじゃないかとゴリラは思っているウホ。

 

しばらく走ると僕は

硬いシートに居心地が悪くなって

女の話に相槌打つのも嫌になって

眠ったふりした

僕らは予定通りの

コースを走ってきた

少なくとも今日まで

 

さっきの通りに行くと、 堕落した暮らしをしていたけど、やっぱり嫌になったのかな?

そうだね。眠ったフリしてるしね。

それは良いとして”予定通りのコース”って何だろう・・・

恐らく「予定通りのコース=予定通りの未来」じゃないかな。

未来がそこら辺に横たわっている四次元空間だから、 未来がコースとして可視化されていても、おかしくないウホ。

成程ね。ただ「少なくとも今日まで」のところが変だね。倒置表現になってるし

恐らく、”今日”という言葉を強調したい為に倒置表現を使っているウホ。

今日について強調するって事は、明日からは自堕落じゃない生活しているのかな?

 

出会った日の僕らの前にはただ

美しい予感があって

それを信じたまま甘い恋をしていられた

そして今音もたてず忍び寄る

この別れの予感を

信じたくなくて光を探している

 

”出会った日の僕ら”?凄い意味深

”僕ら=男女”と捉えても良いけど「誰もいない路上」の話と矛盾するウホ。

恐らく、ここも”僕ら”=”理想像と自分”という解釈が適切かと思うウホ。

これが「理想像と自分の恋」のと考えると色々悲惨だね笑

「甘い恋」「別れを信じたくなくて光探してる」とか完全に夢みて、現実逃避してるからね笑

「別れの予感」というのは、理想像との別れって事・・・。

やっぱり、人はいつかは理想像は捨てなきゃいけないのか・・・(哀)

 

生まれたての僕らの前にはただ

果てしない未来があって

それを信じてれば何も恐れずにいられた

そして今僕の目の前に横たわる

先の知れた未来を

信じたくなくてすこしだけあがいてみる

 

1番の歌詞と同じだけど、最後だけ少し違うね。「少しだけあがいている」

理想像とは捨てなくてはいけないけど、その理想像から離れない為に努力しようとしているね。

 

いつかこの僕の目の前に横たわる

先の知れた未来を

変えてみせるとこの胸に刻みつけるよ

自分を信じたならほら未来が動き出す

ヒッチハイクをしてる僕を迎えに行こう

 

随分前向きな歌詞だね。

「未来が動き出す」「先の知れた未来を変えて見せる」って言ってるからね。かなり前向きウホ

ただ、最後の歌詞が気になるね。「ヒッチハイクをしている”僕”になっているね」

”僕ら”=”理想像と自分”と考えると、 ”ヒッチハイクしている僕”=”今の自分”という事になるウホ

ん?そうなると、迎えに行こうとしているのは誰?

恐らく理想像じゃないかな?

そうすると、「理想像が今現在の自分に近づくという事」なるのかな?

そういう事ウホ。
「恐らく、 諦めないで理想像に近づく思いが、現在の自分と理想像を近づける。だから諦めんなよ!」
という熱い言葉があるとゴリラは解釈しているウホ。

こうやって聞くと凄い良い歌だね。 落ち込んだ時なんかに聞くと気持ちがプラスになりそう